発達障害児に療育は本当に必要なのか

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心理士として仕事をしてきて、度々疑問に思うことがある。それは、「療育は本当に発達障害児のためになっているのか」ということである。今日は、その答えについて最近考えたことを書きたいと思う。

療育は幼い頃に効果が出やすい?

基本的に、療育に通うのは就学前までの子どもが一番多い。小学校に就学してからは、療育を提供できる施設がぐんと減る。それは、子どもが幼い方が療育の効果が出やすいと考えられているからだと思う。

実際に、子どもに発達障害の傾向が顕著にあるのにも関わらず、養育者が全く気づかなかったり、気づいているが何の対応もしていなかったケースは社会に適応することが難しくなりやすい。

小学校に入学するまでに何らかの専門機関でフォローできればかなりいい方で、中には小学校高学年や中学生になっても、何のフォローも得られないこともある。

そういった場合は、子どもが周囲とトラブルが多くなったり、不登校になったりするなど、問題が深刻化して初めて発達障害に焦点が当てられる。問題が深刻化してから対応するのでは遅く、保護者や担任が手を尽くしても状況を改善する手立てはかなり限られてくる。不登校が長期化することによって、そのまま引きこもりになってしまうケースもある。

そのために、私たち心理士はできるだけ早い段階で療育という形で支援の手を入れようとしている。現在では、1歳半検診や3歳児検診で発達障害の可能性の有無についてスクリーニングしている自治体がほとんどである。

療育は誰のためにある?

一方で、療育を提供する側としては、現在の日本の社会システムや環境の都合に合わせて発達障害のこども達をコントロールしてしまうことの違和感は少なからずある。

療育ではABA(応用行動分析)という手法が用いられることが多い。ABAとは、簡単に言うと、ご褒美と罰を用いることによって子供の望ましくない行動を望ましい行動へと導くという手法だ。

例えば、「遅刻をしない」という目標がある場合。時間通りに家を出ることができた日にシールを1枚渡し、シールが5枚たまったらどこか好きな場所に連れて行く・好きなお菓子を買ってあげるなどのご褒美を提供する。これもABAの手法の一つだ。

「望ましい行動」というのはやっかいで、「誰にとって」その行動が望ましいのかを私たちは考えなければならない。大部分でそれは、発達障害の特性を持っている子供たちにとっての「望ましい行動」ではなく、日本という社会システムや常識、その下で暮らす私たちにとっての「望ましい行動」なのだと思う。

私たちは、発達障害の特性を持った子供たちが社会を「できるだけ生きやすくなるように」と考えて療育を提供している。しかし、それは発達障害の特性を持った子が「伸び伸びと」生きるためのものではないと感じる。

子供を療育に行かせたくない母親たち

検診後の育児相談を担当していた頃、ときどき保護者の方からこんなことを言われた。「療育って必要ですか?どうしてもこの子を強制的にコントロールしているような気がして。行かせたくないんです。」

療育という言葉自体を知らない保護者の方も多い一方で、このような思いを抱えた保護者の方もまた多い。発達障害の特性を持った子供の立場から考えれば、一方的に行動を制御されることに理不尽さを感じるのも無理はないと思う。

ただ現時点で、発達障害の特性を持った子供が社会とバランスをうまくとって生きていくために療育は最善の方法であるとも思っている。学校や社会は発達障害の特性を理解していない人の方が多い。たとえ保育士や教師や心理士であっても。

特性への無理解から生じる被害は数多くある。例えば、小学校の担任教師が特性に対して理解していなければ、「書く」ことが苦手な子供に板書を強要することもある。衝動的に席を立ってしまうことに対して、厳しく叱りつけることもある。(これは、わたしの勤めている学校でも未だによくある事例だ)。

子供が人生の中でどういう人に出会うかは分からないし、関わる人を選べないときもある。わたしが懸念しているのは、理解のない叱責からくる自尊心の低下である。

自尊心の低下は、後の子供の人生にネガティブな影響を与えてしまいやすい。そのために、無駄な被害を受けないように、あらかじめ療育でトレーニングすることも子供が生きやすくなる一つの手段だと思う。

発達障害児も社会もともに歩みよっていく

一方で、環境を発達障害児に合わせるという考えも少しずつ広まってきている。発達障害の特性を持った子供は定型発達の子供に比べて、生活習慣の獲得やその他の教育に丁寧な指導と環境を必要とする。

丁寧な指導や環境は、定型発達の子にも親切でわかりやすい。誰もに適しているということから、「ユニバーサルデザイン」と呼ばれる。最近は、学校や建築物のデザイン、その他様々なところでユニバーサルデザインを取り入れ始めている。

「発達障害児に療育は本当に必要なのか」と問われれば、「現時点では、必要」と答える。療育なんかなくても、発達障害の特性を持った子供たちが個性を生かして伸び伸びと暮らせる社会になればいいと思うけれど、現実社会がその境地に行けるまでにはまだまだ時間がかかる。

発達障害児サイドも、少しずつ社会に歩みよってもらいながら、社会の方も少しずつ歩みよっていかなければならない。そのために心理士としては、「発達障害はこんな特徴がありますよ」「こういう風に対応すればうまくいきますよ」という情報を少しずつでも発信していきたいと思う。

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この記事を書いている人 - WRITER -


臨床心理士、主婦キャリアプランナー、2児の母。「親もチャレンジしよう!」をコンセプトに、起業・子どもの発達・親のストレスマネジメントについての情報を更新。ジェンダーと知育にアツいです^^

西 なぎさ

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